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廣田 早恵美 さん

ストレングスファインダー®は、コーチングにおけるフィードバックの精度を高めてくれる

医療畑出身のコーチである廣田早恵美さんは、2008年にコーチング、翌2009年にストレングスに出会う。当時は看護師をしていて、公休と代休を利用して、2〜3ヶ月に1回のペースで2年間東京に通い、コーチ資格を取得。その後も同様のペースで上京しては、コーチング講座や研修アシスタントに入って経験を積んだそう。病院のスタッフに知識を還元しようと、5年間ほど病院内で研修も行ってきた。徐々に看護師からストレングスコーチへの道を歩み始めた廣田さんは、その後、次々とコーチ資格を取得していく。2020年4月には、看護師向けの書籍『クレーム対応に困らない「謝罪力」と「交渉術」』も出版した。病院や福祉施設、歯科医院での研修や看護学校での非常勤講師も務める彼女の人生を大きく変えたコーチング、そしてストレングスとの出会いをインタビューした。
子ども時代はどんなお子さんでしたか?
小学校に入学する前、夢中になっていたことがあります。それは、補助輪付きの自転車にのっていた友達を二輪に乗れるようにしてあげることです。自分は自力で二輪で乗れるようになったのですが、まだ乗れない子たちがまわりにたくさんいました。そこで、みんなが二輪で乗れるように、家の前の一本道で一人ずつ日が暮れるまで一緒に練習していました。最初は片輪から、私が後ろから支えながら走って押し、転んでは励まし続けました。根気よく繰り返し、自分でこぐことができた瞬間は、今でも鮮明に覚えています。押している自転車がふと軽くなったと思うと、すぐに私の手から離れていき、一人でぐんぐん漕いでいって、段々その子の背中が小さくなっていくのです。それで、私のミッション達成です。興味は次の子に移り、また新たな練習が始まります。この‟友達を二輪の自転車に乗れるようにする”というミッションは、誰に頼まれたわけでもありませんが、この頃から自分で決めたことは何としてでもやり遂げようとする「責任感」が現れていたのだと思います。 
その後、小学3、4年生のころ、新たに夢中になったことがあります。それは‟悩み相談室”です。放課後、屋上に上がる階段の踊り場に、机と椅子2客を運び、ノートを持って一人待機します。すると、悩みを相談しに友達が階段を上がってくるのです。今考えると、パーソナルセッションですね。時々男の子たちが冷やかしにこようとするのを制止し、ちゃんとプライバシーを保護しながら安心して相談できる環境を整えました。主な悩みは、好きな男の子のこと、喧嘩をしてしまった友達のことなど、対人関係が多かったですね。事情をノートに書いてまとめ、行動のアドバイスをしたりして、それなりに真剣な対話の時間でした。解決策が見つかったり、話してスッキリすると、相談に来た子は笑顔で階段を降りていきました。自転車と同様、その背中を見たところで私のミッション達成です。そして、順番を待っていた次の子に興味が移るわけです。
この2つのエピソードは、今現在のパーソナルコーチのスタイルに繋がっていると思います。セッションは、多いときは一日に8-10件ほどこなしています。1件1件、気持ちを切り替えてクライアントの方と向き合えているのは、子どものときから変わらず「責任感」が発揮されているからだと思います。自分でも不思議なほど、一人一人に興味を持って話を聴くことができます。セッションが終わった瞬間というのは、日常の時間へと戻っていくクライアントの方の背中を見ているような感覚なのかもしれません。でも、「責任感」というのは、約束を果たす事だとはいえ、自分で決めたことや腹落ちしたことでなければ、やり遂げようという意思は働きません。
中学2年生になり、父親の仕事の関係で転校しました。そこで、同年代にいじめがある世界を初めて見たんです。転校した中学は、昭和のマンガに出てくるような不良、俗にいうヤンキーが多い学校でした。3日に1回、廊下の窓ガラスが傘で割られたり、朝夕の玄関先で数人がしゃがみ込み、登下校する生徒へにらみを利かしているのが日常の風景でした。転校生というのは目立つ存在のようで、クラスメートの男子と喋っていただけで上靴を隠されました。後々わかったことですが、男女間で会話をするという行動は“調子に乗っている”ということだったようです。学校に届けを出す必要があるほど天然パーマのウエーブで茶髪だったこともあり、それも気に食わなかったんだと思います。
私は、自分の自由が奪われることに対しての拒否感が強く、理不尽なことが大嫌いでした。法律、校則、上下関係は当たり前に守ることができます。でも、なぜ同級生が勝手に決めたルールを守らなければならないのか。今思えば、その学校の、その世代の特別なルールだっただけですけど。その時は、在籍している学校という社会が全てだったから、とても窮屈でした。私は文句を言われようと何しようと納得がいかず、だいたいすかしていました。いつしか向こうも、何を言っても通用しないと思ったのか、次第に普通に話しかけられるようになり、マンガを貸し借りするくらいになりました。そのせいか、下級生から廊下で頭を下げられたりもよくしましたけど、群れるのは得意じゃないのでグレませんでしたよ。
ストレングスとの出会いについて教えて下さい。
小学校のころ、将来の夢は学校の先生、高校2年生までは英語の通訳でした。3年生になって真剣に進路を考えなくてはならない時期になり、クラスメートや看護師の母親、祖母、叔母の影響もあり、看護学校に進むことを決めました。憧れではなく、親から言われたわけでもなく、その時は看護師を選ぶことが必然な感じがしました。看護学校を卒業後、実家の近くの病院の面接を受け、手術室に配属されました。最終的には16年ほど在籍していました。
就職した当初、仕事には全然集中できませんでした。超ベテラン看護師で構成された手術室チーム。新卒採用はこれまでなかったようで、お互いにでしょうけど年の離れた先輩たちに馴染めず、悩みも相談できず、数年は孤立したまま働いていました。今のようにスマホもない時代だったので、休憩中は下を向き、ただ時間が過ぎるのを待っているような子でした。
数年たったある年の4月、新卒の新人看護師が一人配属されてきました。チームの中で年齢が近く、私自身の成長のためにという目的もあり、新人看護師の育成担当になりました。その頃の私は、自信のなさからコミュニケーションに対して苦手意識が強く、人の目を見て話せなかったり、自分の意見や考えを伝えることが怖かったりと、育成どころか、人の話を聴くような余裕はありませんでした。役割を放棄することはできず、そのうち“自分を変えたい”という思いが強くなり、目標管理面談で師長にコーチングのことを何気なく話したのが学び始めたきっかけになりました。「いつかコーチングを学んでみたい」と伝えたのが宣言になり、面談直後に隣りの部屋からコーチング講座の事務局に電話をし、2か月後から東京に通うことになりました。その講座でストレングスファインダー®とも出会いました。有言実行、これも「責任感」のなせる業だったのかもしれませんね。
徐々にではありますが、人とのコミュニケーションが楽しくなり、自分とも向き合えるようになっていきました。そして、子供のころのように、自分で自由に決めて自由に行動することを許せるようになり、院内研修を企画したり、アイディアを出して業務改善をしたりと、院内をあちこち動き回るようになっていきました。今考えると、病棟に師長室に医局にと、なかなか図々しいスタッフだったと思います。その後、長く務めた病院を辞めて、徐々にコーチ業、講師活動の機会が増えていきました。
ストレングスファインダー®を知ったことは、自分にとってポジティブな影響が大きかったと思います。自分の欠点に思えていたことや手放したいと思っていた考え方に対して、少しの諦めと安堵を繰り返しながら、固有の特徴として受け入れられるようになっていきました。私が得意なことってなんだろう、私の資質を活かせるのはどんな方法だろうと、選択する道を選べるようになっていきました。自分の特徴を知っていくことは、同時に他者との違いを際立たせ、そして、多様性を受け入れることを助けてくれました。違いに興味をもつことで、自分にばかり向いていた意識の矢印が外へと向けられるようになり、それまで躊躇していた医師や多職種スタッフとのコミュニケーションにチャレンジすることを楽しめるようになっていきました。そうやって職場内に安心して相談できる関係性がどんどん増えていくことで、自分が自分らしく振る舞える居場所も増えていきました。
また、ストレングスファインダー®と出会うまでは、‟こうあるべき”という思いが多く、特に白衣を着たときは、無意識に「責任感」を発動してしまい、できない自分を責めることを繰り返していたと思います。今もそれを完全に止めることはできませんが、「責任感」の強いエネルギーを感じると、他の資質を意識するようにして行動しようと考えることができるようになってきたと思います。
今後はどんな活動をされていきますか。
私が自分に自信がなかったのは、自分のことを知らなかった、感情の扱い方がわからなかったのが大きな理由だったと気づき、他の人に対しても、自分自身を知るお手伝いができたらと思うようになりました。それは、自分に対する理解を深めることで、いろいろなことにチャレンジし、人生の可能性を拡げていけると私自身が実感したからです。‟こぎ方がわかれば、自分の力で前に進むことができる”、そう信じて一歩を踏み出していく人の背中を見るのが、幼いころから変わらず、自分自身の喜びに繋がっているのだと思います。
そして、2020年に10年目を迎えたパーソナルコーチング。私が大切にしていることは「フィードバック」です。クライアントの方が自分を知るための情報を正直に伝えることです。そのフィードバックの精度を上げてくれるのがストレングスファインダー®という共通言語です。資質は、その人固有の特徴を言葉にして表現しやすいですし、考え方や行動、欲求の裏付けを具体化するのを助けてくれる、便利で使いやすいツールです。まずは、資質を通して自分自身に興味をもっていただくために、クライアントの皆さんには今後もストレングスファインダー®をお勧めしていきたいと思っています。
インタビューを受けた方
廣田早恵美
プロフィールの詳細は追加予定です。