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赤津 弘子 さん

唯一無二のその人だけの声を引き出し、その人らしい生き方を応援する

赤津さんは、自身の「スピーチクリニック」で教えるだけでなく、名だたるアナウンススクールや世界を目指す俳優の養成スクールなどでも講師に迎えられている。声の専門家としてのキャリアは30年。すでに3万人以上の声と向き合い、すべての人がその人だけの唯一無二の声である「スポットボイス」で話せるようになると、その人がその人らしく輝き出すことを実感してきた。赤津メソッドの秘密をお聞きした。
どんな方に、どんなサービスを提供しているのですか?
クライアントはすでに活躍中のアナウンサー、俳優、ミュージシャン、そして、それらの卵の方々をはじめ、研修講師など人前で立って話すことを仕事にしているようなプロの方々が多いです。一方で、プレゼンを控えたビジネスマン、就活中の学生、コーチ、カウンセラーなど、話すこと自体のプロではない方もいらっしゃいます。最近では帰国子女や外国の方で、日本語をさらにブラッシュアップしたいという方も増えています。そういう方々に発声、滑舌、ナレーションなどのトレーニングをご提供するほか、どうやってプレゼンテーションを説得力のあるものにするか、自分の思いやアピールポイントを最大限伝えるか、などをお教えしています。
良いスピーチは、「デリバリー(delivery/伝え方)」と「コンテンツ(contents/内容)」の2つの要素が大事と言われますが、その両方の観点から見て、お一人おひとりの目的にとって必要だと思うものをカスタマイズしてご提供しています。
「スピーチクリニック」を始めようと思ったのは、どうしてですか?
「スピーチクリニック」という概念は欧米ではポピュラーで、「表現する」ことを様々な角度からサポートする所です。私自身、もともとボイストレーニングに加えて、伝わる表現を通して本来のその人を発揮して頂けるようサポートしたいという思いがありました。それでこの言葉を知った時、「これだ!」と思って屋号を「赤坂スピーチクリニック」と命名しました。
私がこれまで学び培ってきた知識や経験から生まれたメソッドを、話すことのプロだけでなく、一般の方々にも役立てたいと思いました。たとえば、同じ内容のプレゼンなら、滑舌良く、その人の言葉で自信を持って語られる方が説得力を持ちます。ならば、そういうプレゼンができた方がいいですよね? でも皆さんができないのは、そのための方法を知らないから。それはとてももったいないことだと思ったのです。そしてそれは、ちょっとしたトレーニングのコツを知ることで大きく変化します。プロ向けのメソッドを一般の方にもわかりやすくお伝えしようと考えました。
プロ向けのメソッドを獲得する赤津さんの歴史を教えてください。
私は大学卒業後、テレビ朝日の調査局で働いたあと、縁あって愛媛放送のアナウンサーになりました。その後、東京に戻り、当時、アナウンサーの事務所としては最高峰の高橋圭三プロダクションに所属することに。この間に結婚し、出産を経てフリーランスで仕事をするようになったのですが、産後、当時TBSにいらしたアナウンススクール時代の恩師から「勉強にもなるし、教えてみないか?」というお誘いをいただいたのです。そこから、現役で自分もアナウンサーやレポーターなどをやりつつ、アナウンススクールで教えるようになりました。
その後、キー局の生放送番組のアシスタントという大きなお仕事の話があったのですが、子どもを安心して預ける先がなく、毎日の生放送に備えることができないとお断りしたことがありました。そのようなプロセスもあり、その後自分が前に出るということから、教えることに専念するようになりました。はじめは「こんな私が!?教えていいのか?」と思いましたが、いつの間にか30年が経ちました。
たくさんのメソッドがあると思いますが、赤津さんのメソッドはひと言で言うとどんなものですか?
ひと言で言うと、「その人だけの光り輝く声の位置」を見つける、ということでしょうか。その「声の位置」を私は「スポットボイス(Spot Voice)」と名付けています。「スポットボイス」は、低い音から高い音までの声の出る範囲(音域)の、中ほどより少し低めの位置にある場合が多いです。このスポットボイスを見つけ、その声で話していくと、とても楽に声が出ますし、断然響くし、ずっと表現豊かになるんです。その声で話すと、まるで瞑想でもするかのように心身が統一され、自分が一致していく感じがします。そして本来の自分が出せるようになるんです。
発声には体の使い方と精神状態が関係します。口の中で息を当てる位置だったり、そのための息の吐き方だったり、そのための姿勢だったり筋肉のほぐし方だったり、体の使い方を知ってトレーニングしながら、精神状態を整えることが大事です。体と心はつながっていますから、体の使い方が変わると気持ちも変わり、声も変わります。
 日本人は作り声を出す人が多いと言われていますが、他人に気を使う文化や日本語の発音の特性を反映しているんだと思いますね。ですから逆に、スポットボイスで自分本来の声を出し続けていると、体と心が一致して、自分本来の思いや考えも伝えられるようになり、自分自身が整ってくるんじゃないかと思っています。
昔から話すことが得意だったのですか?
子どもの頃から人が大好きで、話すことは大好きでした。母の影響か、文学少女でもあったのですが、10歳の頃に校庭で吸い込まれそうな青空を見上げていたら、「いつか人は消えて無くなる」と思ってとても怖くなったことがあるんです。そのとき「人は何のために生きるのか。限られた時間、自分は何をしたいのか」と考えたら「たくさんの人に会って、関わって死にたい」と思ったんです。そしてその人たちを言葉で勇気づけたいと思ったんですね。だから仲間外れになって悲しそうな子がいると、気になる。近くににじり寄って、その子が笑うまで話しかけ、その子が笑うと「やったー!」って思って小躍りするような子でした。そこが「人をチアーする」という自分のコーチとしての原点だとも思います。 ※ここは私の人生の原点です
でも、「声」にはコンプレックスがあったんですよ。教育熱心な家庭で育ったので、音楽もスポーツも勉強も、けっこう何でもできる子どもでしたが、ひとつ、声だけがずっとコンプレックスだったんです。コンプレックスを持ったきっかけは、幼稚園時代の運動会で園児代表として挨拶をしたことです。マイクを通した自分の声を初めて聞いた時、打ちのめされたんですよ。ガサガサで低くて可愛くない声……。自分では白鳥の子だと思っていたのに、醜いあひるの子だった、みたいな感じです。小学校のとき、放送部に入るための入部テストで2回落とされたことも、それをさらに強めました。自分を否定される唯一の点が声だったんですね。
コンプレックスが消えたのは、何をしたからでしょうか?
特に意識はしていなかったのですが、大学で演劇科に入り、授業の半分の実技科目(声楽・滑舌のトレーニングなど)を楽しんでやっていたら、1年後にはみんなから「声が変わった」と言われたんです。その頃には、声のコンプレックスはいつの間にか消えていました。「人の声って変わるんだ!」という発見が、大学時代の一番の収穫でしたね。「もっと早く教えてもらっていれば、私はコンプレックスで悩まなかった」と思いました。これが、今の仕事の原点になったように思います。コンプレックスが消えてからは、人が好きで話すことがこんなに大好きなので、なんとかそれを活かせないかと考えるようになっていたと思います。
演劇科の受験も、当時はあまり深い考えもなく、受験半年前くらいに決めたことで、実技の準備はゼロでした。でも心のどこかで、話すことや表現することをやりたいという思いがずっとあったんだと思います。
小学校の頃、本が好きで音読が好きだったのですが、本読みの上手なライバルの子が児童劇団に入っているのを知って自分も入りたいと言ったのに、母にあっさり却下されたことが、心に引っかかっていたのかもしれません。
コーチになったのは、どういう経緯ですか?
アナウンススクールの生徒さんとか、複数の知り合いがすでにコーチングを学んでいて、あるとき彼らから時機を同じくして「コーチングはいいですよ。先生に絶対向いてる」と勧められたんです。それでやってみようかと思って、CTP(現コーチ・エィのコース)を受けました。やはり面白くて、はまりました(笑)。ストレングスコーチについては、森川コーチにお声かけ頂き、コーススタート直後にオマハに行って学びましたが、これはもうただ行きたかったんです。思い立ったら抑えられない「活発性」でしょうか(笑)。母の介護疲れがピークの時で、現地で倒れかけたりしましたが、大英断だったと思います。
赤津さんご自身はストレングスファインダーを知るようになって何が変わりましたか?
自分自身のなかで持て余していたものに「最上志向」という名前がついたことが一番インパクトがあったことですね。たとえば、「まだまだ」というのが口癖で、以前にマイコーチから「“まだまだ”をやらない言い訳に使っているように聞こえます」と言われたことでガツーンときたことがありましたが、そうした自分の傾向性や、ゴールを達成してもすぐにハードルを上げてしまって「たいしたことない」と思ってしまうとか、自虐的になってしまうところなどは、「これが要因か〜」とわかったことで、自分への理解が深まりました。ただ、この最上志向の手綱加減はいまだに難しく、今後も上手く付き合っていかないとならないなと思っています。
赤津さんのお仕事の中で、ストレングスファインダーはどんなふうに生かされているのですか?
私自身がクライアントさんを見るときの一つの視点として使ったり、クライアントさん自身が自己理解を深めるときに使ってもらったりしています。ストレングスファインダーを使って自分を理解すると、自分が立体的に見えてきて、自己肯定感も上がるのです。例えば自己PRを考えるときには、ストレングスファインダーで自分の資質をその傾向性を理解できると、その後自分の言葉として自分のこと自信を持って話せるようになります。
また、ストレングスファインダーは、人は唯一無二の存在だということをわかりやすく見せてくれるものだと思います。オマハからの帰りの飛行機で、つくづくそれを感じていたのを思い出しますが、これはその人だけの「スポットボイス」の捉え方ともつながると思っています。
これからの展望をおしえてください。
私は、人は唯一無二の声とともに、唯一無二の才能を持っていると思っています。「せっかくこの世に生まれてきたんだから、生まれ持った才能を生きている時代に使い、本領を発揮しようよ」と思うのです。そのために自分で自分を育ててほしい、私はそんな人たちを応援したいと思っています。気持ちは、「永遠のチアガール」ですね。人が好きというのは、人の可能性を信じている、ということでもあると思います。
パーキンソン病だった母のことを10年介護して2年前に見送り、これからは自分の第3の人生だと思っています。それなりに歳も重ね失敗もしましたが、1年1年が私にとっては新しい挑戦だと思っていますので、いつでもこれから何ができるかと考えますし、後に続く人に何を残せるかとも考えます。その一つとして、今、考えているのは動画デビューをする人のためのサポートパッケージです。昔から、言葉には「言霊」というものがあると思っていますが、言葉で表現する人を言葉で応援していきたいと思っています。
赤津弘子
インタビューを受けた方
赤津弘子
プロフィールの詳細は追加予定です。