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丸本 昭 さん

“This is My Life !”で役所を元気に!人々の人生を元気に!

公務員というと「安定志向で事なかれ主義」と思っている人がいたら、ぜひ丸本さんを知ってほしい。丸本さんは、29年間、地方自治体で様々な側面から市民生活を支援し続けてきた。どんな環境にいっても、丸本さんは常に明るい未来ビジョンを描き、昨日より今日、今日より明日を良くするために、その場その場でできる「改革」をやめなかった。そこにあったのは、疲弊感の激しいと言われる役所の職員を力づけ、組織を元気付け、ひいては町を元気にしたいという思い、そして一人でも多くの人に ”This is My Life!” と言ってもらいたいという使命感だった。そんな丸本さんは、昨年、一つの自治体という場を離れて独立し、どこの自治体の支援もできる立場になった。磨き続けたコーチとしての揺るぎない基盤、ストレングスコーチとしての深い知見、自治体職員としての豊かな経験が、日本の多くの自治体そして個人に届けば、きっと日本は変わるに違いない。
29年間、熊本県人吉市役所でお仕事をしていらっしゃいました。印象に残っていることはどんなことでしょうか?
市役所では財政、企画、人事、行革といった「管理部門」と、児童福祉、障がい者福祉、保健センターという「福祉部門」に半分ずつ携わってきました。その中で印象に残る仕事は、両部門それぞれにあります。管理部門では、「行革」担当の時に、役所の制度を幾つか変えました。たとえば、毎日5時で閉まるところを週に2回、夜7時まで開けておくようにしたり、それまでは非常勤の女性の仕事と見られていた窓口案内係を管理職が交代で行うようにして、市民目線を一度取り戻そうとしたりしました。あとは、「◯◯委員会」という幾つもある委員会を「行政経営会議」という名前で一つにしました。だって出席する人はほぼ同じような顔ぶれでしたからね(笑)。他にも、「政策審議会」というものを作り、全庁的な政策形成を係長が考える機会を作りました。変えるときにも、行革担当だけでなく、できるだけ多くの部署の課長級から20代の職員まで、全体の1割くらいの人に関わってもらいました。みな、すごく前向きに参加してくれましたし、あのときは事実、役所が変わったと感じました。そして「人事」の時に「人材育成型人事評価制度」を構築したことが何より大きい出来事ですね。能力評価制度と実績評価制度を取り入れようとしました。特に、管理職にコーチングスキルを身につけて面談の際に使ってほしいと思ったので、コーチング研修の予算を要求したのですが、付けてもらえず、それなら自分で講師をやろうとコーチングを学び、ファシリテーションも学びました。コーチングはコーチ21(現コーチ・エィ)で学びましたが、当時の費用が55万円でしたから迷いました。妻の「やってみれば」というひと言で、清水の舞台から飛び降りる気持ちで受講したのを覚えています。背中を押してくれた妻には感謝しています。お金は出してくれませんでしたが(笑)。学んだことを使って、その後「キャリア形成研修」なども行い10年以上続けました。30代前半で、一通り仕事を覚えた職員に「どんな市職員になりたいか?」「どんな仕事をしたいのか?」を言葉にして話してもらいました。すると、「子育て支援をやりたい」とか、「町に映画館を作りたい」とか「保健師としてまず職員を元気にしたい」とか、それぞれがいろいろな思いを持っていることがわかりました。職員同士の距離が縮まりましたし、普段与えられた仕事をするだけの人たちが能動的に考える機会になったと思います。市長選挙による政権交代があり、総務部長から当時人事係長だった私までのライン全員が選挙2ヶ月後に異動させられるという出来事あり、結局、道半ばという感はありましたが、その時までにつくった制度については、その後も使われています。福祉部門では、「虐待・DV対応」担当になって3日目、まだ何もわからない時に、連絡を受け、該当の家庭まで出向いたことがあります。そういう家庭は、役所の人間が来たと言うだけで警戒して、ドアを開けようとしてくれません。私もその時、どうしていいかわからなかったのですが、とにかく相手の話を聞いたり、共感したり、上手に質問したりして、少しずつ信頼関係を作ることで、ドアを開けて中を見せてもらうことができました。この時はコーチングを学んでいてよかったな、と思いました。また、「障がい者福祉」の担当のときには、あるお婆さんが半身麻痺のご主人の介護ベッドの給付の申請にみえたことがありました。現場を見に行かなくてはならないのですが、見るとベッドだけでなく手すりとかトイレの改修とか、他にも必要だと思うものがいくつも見つかったんですね。それでそれらの手続きをしたんですが、後日、そのお婆さんが役所に来て「本当に助かりました」と何度もお礼を言われたのです。それを聞いて、自分としては当たり前の仕事をしただけだったのに、こうして感謝されていると気づき、「民間企業なら休みを取ってボランティアとしてするかもしれないことを、役所の職員はこうして給料をもらってできるんだ」と嬉しく思いました。「保健センター」のセンター長になったときは、部長や副市長からまでも「大変な部署だから」とか「立て直してくれ」とか言われたので、まずは職員に気持ちをリセットしてもらいたいと思い、着任早々「日本一の保健センターになろう!」と話し、コーチングなどを取り入れていきました。女性も多く育児や家事で時間外に残れない人が多かったので、勤務時間内に「センター塾」と名付けていろんな勉強会をやりました。その後、ホワイトボードミーティングなども取り入れてケース会議なども行いました。専門職集団でプロ意識が高い人たちだったので、とても楽しい職場でした。
54歳で退職を決断し独立されましたが、どういう思いからですか?
コーチになりたいという気持ちは、コーチングを学び始めてからずっと持っていました。毎回セッションでどうなりたいのか、どうしたいのかを問いかけられるのですが、そうするうちに見えてきたのが、自分は「人材育成をやりたいんだ」ということだったのです。いくつも研修をやってくるなかで、人がどう成長し、どう力を発揮しチームを作っていくのかを見てきました。そこに関われることが楽しいと感じてきましたし、そういう場を作っていきたいという思いも募っていったのです。独立をはっきり意識するようになったのは、前述した、政権交代で道半ばで異動させられたときのコーチの言葉に触れたときですね。自分がやりたかった役所内の人材育成ができなくなり、気持ちの整理がつかずコーチングセッションを延期してもらうようメールをしたら、そのコーチからの返事に「かざ車 風が吹くまで 一休み」という川柳が添えられていて、感激しました。そして、そのコーチとの契約期間が終わる時には、「まるさんは、たとえ環境が変わったとしても、必ず人材育成という当初の目標を達成できる方だと確信しています」というメールをいただきました。これには泣きましたね。家族以外の赤の他人で、自分を信じてくれる人がいる、ということがどれだけありがたいことか。このとき、自分もそういうプロのコーチになりたいと思いました。そこから、だんだんとその思いを具体化して、当初は55歳で独立しようと思っていたのです。たぶん70歳くらいまでは元気で働ける。定年後10年。でも振り返ると10年というのはあっという間です。ちょっと短いと感じました。15年だったらもう少し何かできるんじゃないか、という思いがありました。予定が1年早まったのは、「気持ちが熟した」からだと思います。役所の中ではやりたいことはやったかなと思えましたし、私が今自分の中のキーワードとしている “ This is Your Life” という言葉に出会ったのもあります。あるコーチのブログで「錨を上げよ」というフレーズを見たのもあります。そんなことから「ああ、今なのかな」と思ったんですね。
ストレングスファインダーと出会って何が変わりましたか?
ストレングスコーチとなって資質への理解を深めていく中で、「自分と向き合えるようになった」ことがいちばんの変化だと思います。ストレングスファインダーを学ぶ過程では、自分の行動や感情と資質を結びつけて理解するのですが、当初、行動については説明できても、その背景にある感情についてはエピソードを語ることができませんでした。その後、自分が今どんな感情を味わっているのか、自分が何を感じたのか、その時どんな感情が動いたのか感じるようにしてみましたが、ここまで自分の感情にフォーカスしたのは初めてだったかもしれないですね。私はいつからか、いつも冷静で自分をコントロールするべき、感情的になるべきではないと思っていたんです。だから「安定感がある」「いつも冷静だ」と言われるのは最高の褒め言葉だと思っていましたし、「論理的である」ことを重要視していました。その分、自分の感情を押し殺して生きてきて、いつしか自分の感情に不感症になっていたのかもしれません。そのことが、議論で負けると自分を否定されるように感じ、競争性34位なのに攻撃的に相手をやり込めるという行動を引き起こしていたのだと、今は思います。
資質を通してみると、ご自身のどんなことがわかりましたか?
やはり、トップの「最上志向」が、良くも悪くも私をドライブしてきたんだなと思います。コーチングやストレングスコーチングを学んだことも、風当たりが強い中でも役所の制度を数多く変え行政改革を進めてきたことも、安定している仕事を辞めて独立したのも、すべては自分や職場を「よりよくしたい」という気持ちからでした。なぜ、あえて苦労する道ばかり選ぶんだろう、と自分でも思いますが、もう一度同じ選択をする機会が来ても、選ぶ道は同じだったと思います。楽な道を選べないのが最上志向のサガだと知って納得しました(笑)。レベルの高い人達の場に学びに行きたがる自分も、行ったはいいがギャップに落ち込んで帰ってくる自分も、「最上志向」と名前が付くとよく理解できる。そして、その凹んだり立ち上がったりを続けて自分が成長してきたことを理解できるので、そんな自分を愛おしくも思えるようになりました。そのほかにも、たとえば、クライアントとコーチングセッションをしていると、その人の考え方の傾向、価値、モチベーションのスイッチなどが自然とわかるし、これから先どうなるかが見えて来るのは3位の「戦略性」と4位の「個別化」が使われているからです。選択するのはクライアントなので指示はしませんが、先を見越して選択肢を増やしたり、備えをするお手伝いをしています。これは研修でも同じで、直接担当者から話を聞いたり、その職場に実際行ってみて雰囲気を感じたり、その職場に行って職員の方を見ると、何をしないといけないか(逆に何をしたらだめなのか)がわかるので、相手に合った研修ができます。地方自治体の総合計画というマスタープランを作るお手伝いでは、「未来志向×個別化×最上志向」がそのまちの特性や魅力、強みを見つけ、それらを活かすとどんなに素晴らしいまちになるかを伝える力になります。人が自分の強みを認識しづらいように、まちに住んでいる人はその土地の良さがわからないものです。まちづくりは「よそ者、若者、馬鹿者」が必要と言われるのですが、その土地の強みをフィードバックしてくれる「よそ者」の役割を、これらの資質でより力強く示すことができると思っています。現在お手伝いしている町も、日常にある緑豊かな田園風景、川沿いの桜並木、夜中に聞こえてくるカエルの鳴き声など、当たり前のようで豊かな資源がある町で、資源を守り続ける事で生まれる可能性をビジョンにして伝えています。
これからどんなことをやっていきたいですか?
大きく2つあります。一つは「This is My Life!」と言える人を増やすこと、そしてもう一つが「行政×ストレングスファインダー」を広げることです。エコデザイン企業のHOLSTEE社のマニフェストに ”THIS IS YOUR LIFE” というのがあります。起業の際、事業計画の代わりにこの会社の創業者たちが作った会社のマニフェストですが、ポスターになったことで一躍有名になり、世界中の多くの人の背中を押してきました。私もこの言葉に背中を押してもらいましたが、これからは私が誰かの背中を押していきたいと思っています。そして自分の人生を自己選択・自己決定できる人、自分の人生の役割を果たす人、そんな自分の人生を生きる人を一人でも多く増やしたいと思っています。私の中には、「どこかの誰かの人生のプロセスに何かを遺したい」という思いがあります。せっかく生まれてきて一生を過ごす中で、自分がどんな役割を果たすのか、ということを考えると、私の人生の前半は自治体の中にそれを遺してきたと思います。後半は、一人の人に対してそれをしていきたいと思います。私たち夫婦には子供ができなかったので、これは私のニーズもあるのかもしれませんが。今も、たとえば高校生のクライアントが将来こうしたいと話すのを聞いたり、会社を興したいというクライアントの伴走をして、それが実現するのを見ているのがとても楽しいのです。「This is My Life!」と言える人が増えるようにするには、「どうせできない」というようなリミッターを外すことが必要です。それをするためにも、まさにストレングスファインダーが有効だと思います。ストレングスファインダーを使うと、「自分には何もいいところがない」と言っていた人が「自分にもこんな強みがあった」と知って自信を持てるようになります。今後は、個人セッションのほかにも、少人数のワークショップなどで互いが率直にフィードバックし合えて、そこから自分の人生の目的や役割などを見つけてもらえるような場をあちこちに作れたらいいな、と考えています。「行政×ストレングスファインダー」では、ストレングスファインダーを地方自治体など行政の現場にこそ広げたいと思っています。現在ストレングスファインダーはいろんな企業に広がっていますが、役所はまだまだです。今の役所は本当に疲弊しています。職員数を削減し続けている中で業務量は増え続け、できて当たり前、少し間違うとマスコミに叩かれるという状態になってしまっています。コーチング研修の中で、「承認されてやる気になったことのある人は?」と手を挙げてもらっても、ほとんど手が上がらない。職場の中ですら、お互いを認め合うということができていない。そんな職場だから、メンタル不調で休職する人が非常に増えています。でも、行政職員が元気になるとまちも元気になります。地域を元気にするためにも、ストレングスファインダーを行政の現場に広げていきたい。そして互いが認め合い、承認し合える文化を作っていきたいですね。
ストレングスファインダーをどんなふうに使ってほしいですか?
まず「自分の人生を生きる」ために使ってほしいですね。トップ5の資質は、その人が何を大切にし、どう生きてきたかを表しているものだと思います。だから自分の資質を知ることで、自分自身を知ることができる。そして自分がわかると、そんな自分を愛おしく思えるし、どう活かしていこうかと考えるようになります。自分の役割を果たし、自分の人生を生きるためにストレングスファインダー®を使ってほしいですね。また、「周囲の人を活かす」ためにも使ってほしいと思います。ストレングスファインダーは自己理解のツールであると同時に、多様性を受け入れる機会ともなるツールです。自分の強みを活かすように、他者の強みをどう活かすかを考える。ジグソーパズルのように、自分の飛び出しているところ(強み)を他者の凹んでいるところ(弱み)に活かし、逆に自分の弱みを他者の強みで補う。こうすることで互いに「役割」ができ、お互いを活かすことができるようになります。「弱みすら他者を活かす強みになる」。それをできるのが、ストレングスファインダー®だと思います。
丸本昭
インタビューを受けた方
丸本昭
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